3月24日例会


卓話「市川森一さんと諫早図書館」

諫早図書館 館長 相良 裕 様

 

 このたび、市川森一さんに関するお話のご依頼をいただきましたが、ここ諫早で話すのは少々勇気のいることでございます。市川森一氏にご縁のある方やご本人の性格や人柄などをよく知った方々の前ですので、私は、図書館の視点から市川さんの功績を紹介し、図書館ならではの情報や諫早図書館が所蔵する貴重な市川資料の一部についてお話させていただきます。

 さて、知る人ぞ知る市川森一氏の功績について申し上げます。日本放送作家協会理事長及び会長職の要職を歴任され、平成15年3月25日衆議院第156回国会 総務委員会における「情報通信及び電波に関する件(放送のあり方)」の参考人として評論家の田原総一朗氏、上智大学の音好宏先生とともに意見を述べられています。発言の一部を紹介します。「テレビをもし文化という風に認めるならば、つまり、現場は一過性のものでもいいんですけれど、やはり、その質の向上とか、それを系統立てて研究してゆく、過去はどんなものがあったかというようなものを系統立てていく、(中略)私どもは、シナリオそして放送台本というようなものの保管をしてゆく、そういう手立てを何かお考えいただければ大変ありがたいことだと思います。」後に、この時の提言が契機となって、文化庁や国立国会図書館等も巻き込み、「日本脚本アーカイブス推進コンソーシアム」が設立され、散在する脚本や台本の収集・保存、そして公開に向けた活動が本格的に始まったことは極めて重要な出来事であり、大きな市川先生の功績であったわけです。

 また、平成24年には東京で一般財団法人「市川森一脚本賞財団」が設立され、次代を担う優れた新進脚本家に脚本賞を授与するほか、放送関係者、ドラマを愛する人たちと共に、出版やシンポジウムなど、様々な活動を行い、日本の放送文化の向上とドラマ文化の活性化に貢献しています。今年の脚本賞は10回目を迎え、大阪府出身の若手脚本家、加藤拓也さんが受賞しています。

 さらに、横浜にあります「放送ライブラリー」の創設にも関わっておられますが、ラジオ放送、テレビ放送開始以来、現在までに残っている番組やCMで、資料としての保存に値するものが系統的に収集され、デジタルデータ化されて保存されており、一般利用者は無料でこれらの資料を視聴することができる。放送に関する展示フロアもあり、放送に関連する人物を招いて無料セミナーなども催されていますが、諫早図書館では、館内にサテライトを設け、市川関連ドラマの視聴が可能です。これは、全国初の試みとして始まり、現在、徐々に各地へ広がりつつあります。実現したのは勿論、諫早が市川森一さんの故郷だからということに他なりません。

 もう一つ驚きの功績として、アジアを舞台としたATDC(アジアドラマカンファレンス)の創設を紹介します。これは、市川さんと韓国文化産業交流財団(KOFICE)のシン・ヒョンテク会長によって、アジアのテレビドラマの脚本家や製作者が相入れることで、アジア全地域に歓迎されるドラマづくりや、アジアをハリウッドを越える文化コンテンツ産業のメッカとして発展に寄与しようという壮大な構想で、日本、韓国、中国、台湾など、東アジアで活躍する放送作家(脚本家)・プロデューサー(制作者)、約100名による、作品放送と意見交換等を実施する国際会議を経て、カンファレンスは2006年より東アジア各国の持ち回りで開催され今日に至っています。さらに、アジア各国の有名ドラマ作家、プロデューサー等に新たなプロジェクトを構想する機会を提供し、九州の名所旧跡など、観光インフラを紹介し、アジア各国のドラマのロケ候補地を提示するなど文化による地域の浮揚も考えた展開は氏の人間性と人並みならぬ情熱によるものでしょうか。

 次に諫早図書館所蔵の市川資料についてお話いたします。資料は「ふるさとの文人コーナー」と2階閉架書庫及び貴重書庫、そして、市川名誉館長の執務室「シナリオルーム」に所蔵しています。横道にそれますが、私が市川森一シナリオルーム来訪者の中で特に印象深かった方は、2018年11月25日に来館された俳優、森本レオさんです。芳名録には「しーんちゃん 来―たよー。 森本レオ拝」とあるとおり、シナリオルームに入るなり、あたかも会話をしているような、あるいは一人芝居のような、なんとも不思議な市川さんとの「再会」のときでした。

 

 

 市川森一関連資料は、今も調査・整理中でございますが、数量的には、図書・雑誌5,559冊、台本528冊、パンフレット・ポスター881点、記念品(受賞記念品等)44点、グッズ74点、その他資料等922点、視聴覚資料3,998点、直筆原稿165点でございますが、できるだけ早く整理をし、多くの方々に公開しなければと思っております。

 最後にこれからの図書館の方向性でございますが、「読書バリアフリー」を進め、図書館利用や読書にかかる「あらゆる障壁」への対応をいたします。また、コロナ禍の経験を生かした新たなアウトリーチの取り組みも研究しなければなりません。さらに、社会の加速度的なデジタル化へ対応しつつ、暮らしに役立つような資料、例えば、医療情報や福祉、会社経営や資格取得、ビジネスマナーなどの資料が充実した図書館が望まれています。データベースは日経テレコンと官報しかありませんので今後の充実は課題です。そして、何よりも地域資料の整備は図書館の最も重要な仕事ですから、諫早に関する資料や縁の作家作品などは積極的に購入するよう心がけています。

 本日は市川森一さんを図書館の切り口でご紹介いたしましたが、ざっとした話に終始しました。限られた時間内で説明しきれませんでしたので、ぜひ一度ご来館いただき、日本の放送文化における貴重な市川資料を直接ご覧いただくこともできますようお願いを申し上げましてお話を閉めさせていただきます。ありがとうございました。